Each port opens a different door.
The photographs may be real.
They may not be.
Even the maker does not know the whole.
このミュージアムは、ひとつのURLに存在しない。 アドレスバーに打ち込む数字——ポート番号——によって、まったく異なる場所が現れる。 http://[IP]:3000 と http://[IP]:8080 は、同じ建物の別の部屋ではない。それは別の大陸であり、別の時代であり、あるいは存在しない場所かもしれない。
ポート番号とは本来、コンピュータが通信のために使う「窓口番号」に過ぎない。 しかしここでは、それが扉になる。 あなたが何番を打ち込むかによって、辿り着く展示は変わる。 順番も、地図も、正解もない。ただ、数字を変えること。それだけが唯一の案内だ。
どのポートに何があるのか——それは、あなたが試すまで誰にもわからない。 ここに来た者のほとんどは、自分が何を見つけたのかを説明できない。
このミュージアムに展示された写真は、すべて「本物らしく」見える。 海岸線、廃墟の廊下、霧の中の港町、誰かの後ろ姿——それらは確かに、写真という形式をしている。
だが、それが現実の記録であるという保証はどこにもない。 撮影日時は改ざんされているかもしれない。場所のメタデータは存在しないか、あるいは意図的に偽られている。 被写体が実在したかどうかも、検証する方法がない。 写真は嘘をつかない、というのは古い神話だ。 写真は常に、何かを切り取ることで残りを隠す。
真実と虚構の境界線を探すことに意味があるかもしれないし、ないかもしれない。 ここでは、その問いそのものが展示の一部だと考えてほしい。 あなたが「これは本物だ」と感じた瞬間も、「これは作られたものだ」と気づいた瞬間も、 どちらも等しく有効な体験として記録される。
このミュージアムには制作者がいる。しかし制作者は、全体を把握していない。 ある展示は意図して作られた。ある展示は、システムが自律的に生成した。 ある展示は、過去に制作者が作ったことを忘れたものかもしれない。
制作者が確認できていないポートが存在する。 アクセスされたことのないポートが存在する。 あるいは、制作者が設置した覚えのない展示が、どこかのポートで静かに待っている可能性がある。
これは無責任の告白ではない。 創造とは、作った瞬間から制作者の手を離れる。 制作者が全貌を知らないということは、あなたの発見がはじめての発見になり得るということだ。 誰も見たことのない部屋を、あなたが最初に開けるかもしれない。 あるいは、誰かが残した痕跡をあなたが見つけるかもしれない。
制作者への問い合わせは受け付けていない。なぜなら、答えられる保証がないからだ。
~ 裏口へようこそ ~
museum of port / hidden entrance
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